六章

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「……今回の件は急だったけど、俺の意志と全く外れたものだとは思って欲しくないんだ」 「鑑田さん……」 「もう俺の中では、貴女を奥さんにする心づもりはついていた。きちんとダイヤの指環を用意して、俺の手で指に嵌めてあげるんだって決めてた」 鑑田がおもむろに外套のポケットから小さな包みを取り出す。鑑田が包みを開けると、彼の手のひらにころんと金色の輪っかが転がった。小ぶりな紅い石が付いている。 「給料三ヶ月分には到底届かないものなんだけど、華生さんに似合うと思ったんだ」 華生の左手の薬指に紅い石がおさめられる。鑑田はそれを見て満足気にほおを緩めた。 「!」 華生の左手を包む手に力が込められる。雀色の目が、戸惑いで揺らぐ彼女の瞳を(から)め取った。 「可憐な見た目からは想像できないような意志の強さと、健気に生きる姿が俺は好きだよ。専務からも何からも、貴女を守ると誓う。だから、貴女の人生を俺にください」 頼りがないとは一寸も思わなかった。この人の妻になれば倖せが約束されると、信じられた。 華生の左手は鑑田の手を握り返す。それは無意識だった。 「嬉しいです……心の底から。貴方の人生の(かたわら)に……私を置いてください」 鑑田の表情に光が差した。 「生涯俺の隣に……居てください」
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