六章

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「この話をするのは初めてですが、聞いてください。九年前、父が不慮の事故で亡くなって少ししてからのことでした。(みのる)叔父さんが、しばしば私と母が住むアパートに来るようになったのです」  華生の口元から、自嘲の笑みがこぼれる。 「あの叔父は人当たりがいいでしょう? 当時の私は騙されていました。だから誰にでも優しい母が叔父に対して冷酷な態度を取っている意味がわからなかったんです。叔父さんは来る度にお菓子をくれて私を抱き上げて……母はどんな目でそれを見ていたんでしょうね」  嗤いながら話す華生の身体が痙攣を始めた。腰を浮かせた一彬を、彼女は「そのまま」と制し自分の腕を握り締めた彼女は、額に汗を滲ませる。 「愚かな私が叔父の異常に気付いたのは一年くらい経ってからでした。勝手にアパートの合鍵を作った叔父は、入浴中の私がいる浴室に裸でやって来て、『背中を流してあげよう』と言ったんです。たまたま母が帰ってきて声を張り上げてなかったら、私、今頃どうなってたでしょうね」  さも自分が気を利かせたかのような顔をして、出口を塞いで腕を掴んで、驚きと戸惑いと嫌悪感がないまぜになって声が出なかった。お母さんの叫び声も一体何を言っているのかわからなくて、なけなしのお金で鍵を作り変えても、しばらく一人のアパートで風呂には入れなくなった。
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