六章

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「最後の最後で……何をしてくれるんだ」  ずっと、耐えていた。衒いなく彼女に愛を囁ける鑑田に苛立つ一方で、本当は結婚が早まったことを安心さえしていた。 「俺がこうなることが、想像できなかった筈はないだろう」  「妹」の筈が無かった。幸せとは言えない半生を健気に生き抜き、面白味のない自分を兄様兄様と慕ってくる。彼女が「妹」のフリをして甘えていたこともとっくに気付いていた。しかしそれを拒める精神力もない。いつしか彼女は……最愛だった。  華生は決意を込めた目を向ける。 「それを望んで来ました」  一彬はもう、華生のワンピースのリボンに手を掛けていた。華生はさらにその上から一彬の手を包む。 「(ほど)いてください」  彼は三年前、大学時代の友人を連れて高校入学の祝いを買いに行ったのを思い出す。女の趣味など分からないから華生の写真を見せて良さそうなのを選んでもらおうとした。  しかし百貨店の洋服売り場で、マネキンが着ていた藍色のワンピースに目を奪われた。友人の女性は「それじゃあ高校生には地味」と悪態をついたが、それを着た華生はさぞ見映えがするだろうと疑わなかった。  思った通り、それを身に纏った華生は菖蒲(あやめ)のように美しい。  「男が女に服を贈るのは、脱がせる為だ」とどこかで聞いた時、「馬鹿な習慣があるものだ」と唾を吐いた。しかし自分の前に現れた当時の華生を「女」だと確信したのはあの日だった。  一彬は観念したように息をつき、華生を持ち上げて寝台に乗せる。  照明を落とし彼女の首のリボンを解くと、最後に残っていた凝り固まった理性も呆気なく解けてしまった。
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