六章

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またしばらくして空が白んできた頃、華生は(かたわら)の一彬に甘えた声で呼び掛ける。 「……ねぇ、兄様……」 一彬が華生の柔らかい髪を撫でた。 「どうした」 言いにくいことなのか、彼女は少し目を伏せる。 「……お願いがあるんです……」 「……言ってみろ」 一彬に促されて、華生がモゾモゾと口を動かした。 「兄様がいつも使っている、香水があるでしょう? それ、華生も使いたいです……」 一彬が首を傾げる。彼にはこの世に数多ある香水の中でなぜそれが使いたいのか解らない。 「男物だろうが」 海を思わせる爽やかな香りの中に仄かに漂う煙草の芳香は、とてもユニセックスとは言い難い。 「あれがいいのです。どこのお店に行っても見つからなくて……」 華生はしょんぼりした声を出す。 「あぁ、これは取引先の知り合い筋から個人的に買っているものだからな。その辺の店にはない」 「どうりで……調べてもないと思った……」 「……そこの棚に、買い置きがあるだろう?」 一彬が指を指す茶色の本棚に、四角い箱があった。クッション代わりに敷き詰められた紙クズの中に、碧い液が入った香水瓶が埋められている。まだビニールで密封されたままだ。 「あれですか?」 「持って行くといい」 華生は食い気味で聞き返す。 「本当に、いいんですか?」 「また頼むからいい、俺のはまだ残っている」 四角い箱の隣には、使いかけの同じ瓶が置いてあった。瓶の正面には金色の文字で「浄夜」と刻印されている。 華生の顔にぱっと花が咲いた。 「……ありがとうございます。……大切にします……!」
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