六章

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 早朝の肌寒い廊下を弘海が喉が渇いたなと思いながら歩いていると、背後からよく知った碧い匂いがふわりと香る。反射的に「兄さん早いな」と言おうとして振り返るが、そこにいるのは今日嫁いでいく妹だった。彼女は兄に向かって淑やかに微笑した。 「あけましておめでとうございます。弘海兄さん」  兄だと思って目線を自分の背の高さに合わせて首を向けた弘海は、彼女の低い頭に目線を下げながらその名を呼ぶ。 「華生……」  実は、薄々気付いていた。隣の部屋から僅かに漏れる甘い悲鳴に。妙なシワと乱れがあるワンピースのプリーツからも、何があったのかは大方察せられる。  月並みだが、こんなにも妹は美しかっただろうか。いや確かに美少女の部類だったが、もう彼女が「少女」と思えない。  気高い色香を纏う「女」がそこに居た。 「あけましておめでとう。早起きだな、もう少しゆっくりしてればいいのに。俺は茶を飲みに起きただけなんだ」  弘海はそのまま華生と別れて居間に向かう。  ——いつかはこうなるだろうと思っていた。  彼女の兄の七年間を、ずっと側で見ていた彼に、咎めることなどできる訳がない。
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