六章

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「……一応聞くが、ご機嫌いかがか?」 顔に青筋を立てて押し掛けて来た人間に向かってよく言うものだ。鑑田は沸々とした怒りを隠すことなく一彬を睨む。 「よくもそんなことが言えたな! どんな神経してるんだ?」 腕を組んで踏ん反り返っている一彬は白々しさが甚だしい。 「だてに会社員をしていないからな。アンタみたいな人は何十人も相手している。伺おう」 相手側に責が無いクレームを付けに来たのではない。鑑田が一彬の胸ぐらを掴んだ。それでも一彬は図々しく鑑田を見下ろしている。ついに鑑田は一彬を激しく罵倒した。 「華生さんを抱いただろ! しかも昨日今日の話だ! 早く結婚させたいと言ったのはあんたじゃないか! こんな理不尽は聞いたことがない!」 「……華生は俺だと言ったのか」 「あんた以外に誰がいるんだ! ご丁寧に印まで付けて!」 一彬は鑑田の腕にぶら下がったまま答える。 「……抱いた事実は認めよう」 鑑田は一彬を渾身の力で殴り飛ばした。それでもなお怒りは収まらないようで、彼は身体中の毛を逆立てて震えている。一方一彬は、緩慢な動きで立ち上がりながら訊ねた。 「華生は中々よかっただろう」 「は?」 鑑田は呆れて言い返す言葉が見つからない。彼の軽蔑しきった眼を物ともせず、一彬は打たれたほおをさすりながら言った。 「七年かけて、理想の妻になれるように教育している。寝技は不慣れだが、アンタを喜ばせる努力はした筈だ」
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