六章

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鑑田はもう一度一彬のほおを打つ。 「アンタはそうやって……華生さんを『商品』扱いしないと気が済まないのか! 俺は華生さんを買ったんじゃない!」 一彬の声には、鑑田と違って「感情」が見えなかった。 「……七年前出会った瞬間からそうだよ。鑑田グループみたいな大会社には分からんだろうがな。首根っこ吊らされる寸前を逃げ延びるとな、人間だろうが何だろうが切り札にしたくなるんだよ」 「……!」 「給食費が払われていないと教師から言われたことがあるか? 『嶋木家みたいな潰れかけの会社の息子と仲良くするな』と面と向かって言われたことがあるか? 親父が株主に踏みつけられ頭に唾を付けているのを……見たことがあるか」 昏い目をした一彬の言葉は、自他共に認めるくらい幸せに育った鑑田の良心を執拗に刺してくる。 苦渋を舐めた半生は否定しない。けれど……性根が歪んでいい訳ではない! 「俺は生涯貴方を許さないからな!」 鑑田は人目も憚らず叫んでから玄関を飛び出す。一彬が仕方なく全開の玄関扉を閉めると、だらし無くスウェットを着た風恒が顔を覗かせた。 「兄貴、お前華生とヤッたのか?」 一彬は冷たい眼差しで弟を見る。 「……お前には関係ない」 「ダッセぇなあ。人の女と寝る時に証拠残すなんて」 風恒はここぞとばかりに兄をなじり出す。 「五月蝿い」 一彬は面倒臭そうにあしらうが、なおも風恒は当て付けるように聞いてきた。 「どーすんだ? 傷モノとして返品されたら」 一彬は即答して自室に戻る。 「せんさ、あの人は」 その程度の女なら、抱いたりなんてしなかった。
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