七章

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一年前、妻の不義理に激怒して家を飛び出した夫は、昼には何事もなかったかのような顔で帰ってきた。 「ただいま、華生さん。寒かったからお茶淹れてくれる?」  先程の記憶を外に置いて来たのだろうか? 離婚届でも持って帰ってくるかと内心覚悟していた華生だったが、彼の笑顔はいつものように穏やかだ。 「あの、柊聖さん?」 「何?」 華生は恐る恐る声を掛けてみる。鑑田は彼女の腕を引っ張って自分の膝の上に乗せた。 「えっと……」  戸惑う妻の顔を、鑑田は穴が開くほど凝視しながら口を開く。 「改めてじっくり見るけど、華生さんは案外目は大きくないね。綺麗なアーモンド型、って言うのかな。ほおはふっくらしてるけど下膨れはしてないし、顔とのバランスが良いんだね」  冷たい手で壊れ物に触るようにほおを撫でる彼は、優しい「夫」そのものだ。 「ごめん。何か言いたいことがあった?」 からかうように笑う彼を見ると、華生の胸は押し潰されるような感覚に覆われる。 「……いいえ。強いて言えば、あまり見られるのは恥ずかしいです」 華生は夫の目を手で塞いで、唇も塞いでしまった。夫は妻の小さな身体を仕舞い込むように抱き締める。彼女が震えていることに、一切触れなかった。 その夜も鑑田は、華生を抱いた。
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