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夫を大学に送り出した後、だいたい華生は義母の買い物に同行したり礼状書きを手伝ったりする。正月明けは寒中見舞を書かないといけないので忙しい。盆もお中元の礼状書きで忙しかった。
特に華生は達筆だったので重宝された。勿論七年間の修行の賜物なのだが、読み易くかつ流麗な筆致が好評だったらしい。取引先に褒められた義父が満面の笑みで帰宅したこともある。
今日も家の中の小さな仕事場で、彼女は筆ペンを走らせる。三枚ほど書き終わったところで、遠慮がちなノック音が聞こえた。
「今よろしいですか? 華生さん」
「はいどうぞ?」
華生が手を休めて返事をすると、中年のハウスキーパーが手に封筒を持って入ってくる。
「どうしました?」
「華生さんにお手紙です」
彼女が差し出す水色の封筒に華生は目を瞬かせる。
「私に? 珍しい、お母様かしら」
あまり友達のいない華生にわざわざ手紙なんか送ってきそうなのは瑛子くらいなものである。成親や一彬なんてこちらから書いても返事すら寄越さない。
「ありがとうございます……」
お礼を言いながら、華生は受け取った封筒の糊を剥がす。
お母様、宛先書くの忘れたのかしら……?
彼女らしいと笑いながらフタを捲ると、便箋ではなく写真が出てきた。
「……!」
華生は絶句する。
「華生さん? 怖い顔をしていますよ」
ハウスキーパーの指摘で、華生はふっと我に返った。
「……お母様ったらいけない人! 私の子どもの頃の恥ずかしい写真を送りつけられたわ!」
華生は写真を元どおりしまって自室に逃げ込み、再び写真を見返して爪を噛む。
……酷い侮辱。
華生は封筒ごと写真を引き裂いて、紙吹雪になるまで千切りつづけた。
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