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「兄様!」
華生の声が自然と弾む。グラスを揺らしていた一彬が少し目線を上げた。
「来てたのか、お前たちも」
「今来たとこですよ、一彬お兄さん。そのカクテルのリキュール、もしかして嶋木酒造のですか?」
鑑田がカクテルの側に飾りとして置いてある瓶のラベルを見て問い掛ける。
「ああ。五年前に実験的に出したものだが、癖が強い酒にも関わらず上手く割ってある」
安堵した顔のスタッフが「伝えておきます」と一礼し、鑑田にグラスを渡した。華生にも渡そうとしてくれたが、未成年だからと彼女が断ると、わざわざ別のテーブルからオレンジジュースを持ってきてくれた。
「いえいえ、リキュールも良いんですよ。お兄さんは製造には関わってるんですか?」
「造り方くらいは知っているが、大体俺は味に口を出すだけだ。金策やらの方が得意みたいでな」
「確かに、お兄さんが酒蔵で米とか酵母とか扱ってる姿は想像できないな」
鑑田は会社の幹部すら世間話一つできない義兄に向かって飄々と雑談をする。
「今日は車で来たんですか? 兄様」
「いや、笹野に連れて来てもらった」
「そうなんですね。礼装が似合いますよ、一彬お兄さん」
スーツ姿が板に付いている一彬だが、ウイングカラーのブラウスにシルバーグレーのネクタイで纏めた姿は普段より見栄えがした。
「普通だろう、鑑田さんも色男じゃないか」
一彬が全く気持ちのこもらない声で鑑田を褒め返していると、「皆さんお揃いで」と妙に馴れ馴れしい声が近づいてくる。
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