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母が死んだ。しかし華生には、涙を流す暇などなかった。
逃げなければならなかったから、とにかく走り続けた。あの男から。
気がつけば夜も更けている。雨も降っており道行く人々は華生を除き皆傘を差していた。
びしょぬれの少女をいぶかしむ者こそいれど心配するものはない。
なんせ歓楽街だ。その中でも違法中の違法な商売をしている店が集う闇の路地である。年端も行かぬ少女が濡れ鼠になっていようが、どうせ訳有りだと思って誰も見向きもしない。
華生は鮮やかなネオンの看板の適当な店に入った。ゴテゴテとした派手な内装の店で、スーツを着た胡散臭い風貌の男性が華生を見るなり汚物でも見たかのように顔をしかめる。
「あれぇお嬢ちゃん。どうしたの? ママなら仕事中だから邪魔しちゃ駄目だよ」
華生は土汚れに塗れた床に膝をつけ頭を垂れた。
「あたしをここにおいてください。何でもします」
男は発育途上の小娘を小馬鹿にするような視線を向ける。
「いや、なんでもしますって、お嬢ちゃんはうちじゃ需要がないよ?」
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