七章

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 円卓の人々の目線が一彬に集中する。 「私は、結婚が必ずしも幸せに結びつくとは思っておりません。まぁ、一般的にはした方が幸せなんでしょうけどね。しかし私は……今の自分が幸せじゃないとは思っていませんがな」  場の空気が、さあっと凍った。さすがの有閑マダムも、蒼白な顔で謝罪を始める。 「それは……私、余計なことを言いましたね。お気に障ったならどうか、お許しくださいね?」  一彬はさめざめした円卓を見回し、自分のせいなのに「なんでこんな通夜みたいな空気なんだ」とでも言いたげな顔をしながらシャンパンに口をつけた。 「別に不愉快など感じておりませんよ……一人だけ、本気になった女がいるのです」  唐変木代表のような彼のまさかの発言に、周囲が目を丸くして耳を傾ける。華生と鑑田を除いて。  鑑田は全身を石のように硬くし、華生は早鐘のような心臓の鼓動を抑える。  一彬は、恋の話とは思えぬほど淡々と語り始めた。 「やけに強情で、時折妙に短気な女なんですけどね……いつも仔犬のように自分を慕ってくる姿はいじらしく、愛おしいとは思いましたよ。私の女にならないことは決まっていたので、そんな目で見るつもりはなかったのですが……どんな形にせよ、その時彼女が私を好いていたという事実があるのは、こんな私には過ぎた喜びだと思っていますね」
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