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「……大人になった? 華生ちゃん。去年は随分『お兄さん』にべったりだったよね」
相変わらず、素の口調は賞味期限が一年以上過ぎた納豆のようだ。
「そうですね、『お兄さん』に甘える時期は過ぎましたから。叔父さんも、すでにお嫁に行った姪っ子にご執心されなくてもよろしいですよ。華生はもう、とっくに幸せですから」
華生はショールを肩に掛け直して素通りしようとした。しかしその足は引っ張られてつんのめる。
「……!」
左の肩口から枯れた手が見えていた。ショールの隙間から覗く土気色に、華生は悲鳴を上げそうになる。
「……諦めたと思われちゃぁ困るね」
野木の手が華生の頼りない肩をぐしゃりと握りしめた。グロテスクな声が耳に吹きかけられる。
「何年君を探したと思ってるんだ。倫理なんて今更だ。俺のものに、なってもらうよ」
……開き直っているのはお前だけじゃない!
華生の右手が叔父の手に触れ、渾身の力でそれを弾き飛ばした。野木の手には金色のショールが巻き付いている。華生はそれをゴミのような目で見下ろして吐き捨てた。
「それ、汚れたから差し上げますね」
呆然とした叔父を残して華生はヒールを鳴らす。
「華生さん!」
会場の入り口で鑑田に呼び掛けられた。遅いので探しにきてくれたらしい。華生はぎゅっと鑑田の礼服の袖を掴んだ。
「あれ、ショールは?」
「捨てました」
鑑田は鳥肌にまみれた華生と金色の布切れを握って歩いてくる専務を見て全てを理解する。
「そうだね、いらないね」
鑑田は華生の肩を大事に抱いて、会場に連れて入った。
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