八章

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 ちょうど時計が正午をまわった頃だった。インターホンが鳴ったので華生が出てみると、懐かしい人が顔を覗かせた。 「笹野(ささの)さん!」  華生は玄関を飛び出したが、いつも穏やかだった嶋木(しまぎ)家の運転手は思い詰めたような顔で立っている。 「突然すみません、華生さん」 「どうしたんですか?」  華生は笹野の異変に気付いて眉尻を下げた。彼は華生の視線を受け、居心地悪そうに口を開く。 「実は……一彬(かずあき)坊ちゃんが、過労で病院に運ばれて……」  後ろ頭を鈍器で殴られたような感覚だった。彼女の身体はわなわなと震えだす。 「うそ……兄様が?」  仕事仕事仕事で、自分のことにはてんで無頓着。よくよく考えれば、今までそうならなかったことの方が不思議な話だった。 「病院に連れて行きます。早く行きましょう」  笹野の焦れた声を聞くと、彼女は少し落ち着きを取り戻す。  すぐに車に乗りたいのはやまやまだけど……。  華生は一度だけ深呼吸した。 「わかりました、10分ください。すぐ準備します」  華生は自室に走り、愛用の鞄を掴む。そして鏡台の引き出しを開け、大きな蝶のバレッタを取り出した。ヘアゴムでハーフアップを作り、ゴムの上にそれを取り付ける。
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