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階段を駆け降りた華生は、靴箱に雑巾を掛けていたハウスキーパーのおばさんに向かって叫んだ。
「すみません、兄が病院に運ばれたようなので笹野さんと一緒にお見舞いに行ってきます。柊聖さんに、電話を入れてください!」
「え? あのどういうことですか?」
「柊聖さんに、出掛けますと電話してください」
「面倒な訳ではありませんが、自分でされた方が早いのでは?」
華生はおばさんから一度目線を逸らし、頭を下げた。
「……正直あまり心に余裕が無くて。お願いします、玄関の施錠も」
彼女は玄関を開けっ放しのまま懐かしい笹野の車に乗り込んだ。ドアを閉めると同時に笹野はアクセルを踏みこむ。
隣に、華生より少し若いくらいの少女が座っていた。華生が無言で見つめると、彼女はぺこりと一礼する。
「娘です。ちょうど父と一緒にいたので」
「あら、本当ですか。すみませんうちの兄がご迷惑を、よろしくお願いしますね」
華生はまあまあ愛想よく挨拶したが、娘は暗い顔をしたまま正面を向いてしまった。
「……さぁ、急ぎますよ」
笹野がハンドルを廻す。今日はその手が、少し震えていた。
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