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「いつもの病院ですか?」
「は、はい……」
華生の前のめりの質問に対して、笹野の返事は歯切れが悪い。華生は若干苛々し始めたが、優しい彼のことだから動転しているのだろうと大目に見ていた。
しかし気付く。
「笹野さん、病院の道はこっちじゃないでしょう?」
自分が風邪を引いた時、瑛子がうっかり階段で転んで入院した時、病院に連れて行くのは必ず彼だった。道順はいつも同じ。嶋木家から向かうのも鑑田家から向かうのも、方角は一緒だ。
「……今日は工事をしているみたいなので」
「こんな時に……!」
華生はスマートフォンを取り出し、インターネットを開く。5分後に車内に響いた彼女の声は刺が露わだった。
「笹野さん。そんな情報、どこにもないです」
渋滞情報も無ければ、SNSで呟いている人もいない。ましてや工事なら、事前に情報がある。
「あっ」
隣に座っていた娘が、華生からスマートフォンを取り上げた。
「何をするんですか!」
娘は華生に構わず窓の外に彼女のスマートフォンを放り投げる。その眼に迷いはなさそうだった。
「お母さんの為には、こうするしかないんです!」
彼女の金切り声に唖然とした華生に向かって、笹野が苦しそうな声で言う。
「どうぞ私たちを恨んでください……私たちには、こうするしかなかったのです」
叔父さんだ……
華生の身体の奥底から怒りが込み上げる。そんな彼女の心とは裏腹に、笹野の車はあさっての方向に進んでいく。
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