八章

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 当の一彬は、商談のため百貨店のバイヤーを訪問していた。百貨店の薄暗い地下駐車場で車を降りる寸前、着信が鳴ったスマートフォンを耳に当てる。 「あんたか」 電話口の鑑田は挨拶もなかった。 「一彬お兄さん、華生さんが(さら)われた」 「……!」  一彬は手を離しかけたハンドルに爪を立てる。  ——この腑抜け! ……いいや鑑田さんだって四六時中、華生から目を離さない訳にはいかない。  彼は大きく息を吸って、ワントーン声を落とす。 「なぜわかった?」 「華生さんに、急に一人で出掛ける用事ができたときは、必ず誰か人を通して連絡するように言ってたんだ。うちのハウスキーパーさんが、貴方が今過労で病院に運ばれて、見舞いに行くと」 あの馬鹿(華生)は、なぜ一度俺に確認を取らなかったのか。 「華生の電話は繋がるのか」 「出ない」 「その人は、何か華生が出て行ったときのことを言っていたか」 「笹野さんが家に迎えに来たらしい」 「笹野は今日公休だ。俺が過労で倒れたところでいち早く知る機会はない。……お前今どこにいる」 「大学」 一彬の低い声が鑑田に届く。 「……30分待っていろ。そちらに向かう」 一彬が車にエンジンを掛ける。来たと思ったら帰っていくミニバンに首を傾げる社員がいたが、声を掛ける暇もない。
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