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鑑田と一彬が彼女の誘拐を知ったころ、華生は笹野の娘の横で案外静かに座っていた。娘が目を光らせるなか、華生は事務的な口調で詰問する。
「笹野さん。私には、貴方たちがなぜこのような行動に出たのか聞く権利があります」
「申し訳ありません……」
笹野の萎んだ声を、華生はピシャリと撥ねつける。
「謝罪をしろとは言っていません」
彼は観念して、ぽつぽつと語り始めた。
「……私の妻は、重い病気を患っております。治療に莫大なお金がいるのですが、そのお金を、肩代わりしてくださる人がいるのです。それがあれば、妻は助かるかもしれない」
「それ、野木稔って人ですか?」
笹野の声が止む。
「……野木ですね?」
スカートの裾をぐちゃぐちゃに握りしめた華生の手を、不意に笹野の娘が掴んだ。
「華生さん、お願いです。私お母さんに元気になって欲しいの。この気持ち、わかるでしょう?」
華生の胸にチクリと痛みが走る。
「……もう、入院されて長いんですか?」
笹野が代わりに答えた。
「……もう、2年程……今はろくに起き上がることもできません」
近所の公立高校のセーラー服を着た少女の真っ直ぐな瞳。母を失う辛さは、自分も知らない訳じゃない。
「わからない訳じゃありませんよ……」
彼女はパンプスの上に足を置く。
「笹野さんは……私を恨むでしょうね……」
華生がそう言ったとき、赤信号で車が停止した。華生の言葉を聞いた笹野は、彼女が言い間違えをしていると勘違いしたらしい。
「あの……どれだけ恨まれても、私たちは仕方ないと思っております」
歩行者信号が点滅を始める。まもなく、その信号が完全に赤く点灯した。
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