八章

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鑑田が駐車場に車を停めると、笹野が自分の車からひょっこりと出てくる。彼が口を開く前に、一彬が先手を打って彼を黙らせた。 「謝罪は後でいい! 少しそこで待っていろ!」 一彬はホテルの中に真っ直ぐ突き進んでいき、15分程で戻ってきた。彼は淡々と説明を始める。 「全ての部屋を差し押さえた。華生と野木が到着したら、一室だけパネルを選べるようにしてもらうように手配をしている。鑑田さんはその部屋で待っていろ。笹野は車の鍵を鑑田さんに預けて、俺の車を運転しろ、鑑田さんは一人で大丈夫だな?」 二人が同時に顔を見合わせる。鑑田は遠慮がちに一彬に訊ねた。 「えっと……一彬お兄さんはここで待たないんですか?」 一彬は平然と言った。 「あいにく仕事を何件か放ったらかしている。帰って処理をする必要があるからな」 「いや、ここまでしてくれておいて、今更そんなの後でいいでしょう」 一瞬、一彬が顔を歪めたのを、鑑田は見逃さなかった。 「……妻を迎えに行くのは、夫の役割だろう。……兄ではない」 踵を返す一彬が「早くしろ! 笹野!」と彼を急かした。笹野が力なく項垂れている娘を呼んできて鑑田に自分の車の鍵を渡す。 「私から言える言葉でないのは承知ですが……華生さんをよろしくお願いします」 笹野が一彬のミニバンの運転席に乗りこみ、逃げるようにその場を去って行く。鑑田はその鍵を見下ろし、ぎゅっとそれを握り締めた。 「呆れた意地っ張りだな、一彬さんは」 こんなへそ曲がり、華生さん以外の誰が好きになるんだろう。
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