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華生は、震える指で離婚届を記入する。ミミズが走ったような筆跡は、彼女の何を示しているのだろう。
窓口に行くと、それはアッサリと機械的に受け取られ、「承りました」と言われた。向こうもこうしないとやってられないのだろう。
「荷物はまた取りにおいで。タクシーを呼んだから、今日は顔を見せに行くといいよ。一彬さん、喜ぶよ」
華生のまごまごした顔を見ると、鑑田は揶揄うようにほおをつねった。
「今まで楽しかったよ、華生さん。俺は充分に満足してるから、胸を張って、お家にお帰り」
鑑田が華生の左手を取って薬指から紅い石の指環をスッと抜き取る。
ほら、タクシー来たよ。と鑑田が華生の背中を押した。華生はそのまま羽が生えたかのような足取りでタクシーに向かって走る。しかし、ドアを開けて乗り込む寸前に、彼女はくるりと振り向いた。
「柊聖さん!」
鑑田が眉を上げた。華生は涙を流しながら叫ぶ。
「柊聖さん! 私、貴方のこと、すごく好きだった! 信じてもらえないかもしれないけど、本当に、大好きだった!」
愛することはなかった。だけど、自分の全てを優しく包み込んでくれる彼に抱いた好意は本物で、だから精一杯妻を務めてきた。
鑑田はほおを染めて破顔した。
「俺も大好きだよ、華生さん。幸せに、なってね!」
「本当にありがとう、柊聖さん!」
この人の妻になれた自分は、なんて果報者だっただろう。
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