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華生を乗せたタクシーが闇に消えると、鑑田は一彬に電話を掛ける。
「……もしもし」
一彬は自宅の自分のデスクに座っていた。デスクには書類が膨大に広げられている。
「一彬さん。華生さん、無事だったよ」
一彬の硬い声が少しほぐれる。
「そうか……」
「一彬さん。華生さんを、貴方に返すよ」
一彬のスマートフォンが床でカシャンと音を立てた。
そういえば、「一彬さん」と呼ばれたか。
一彬がスマートフォンを拾うと、電話の向こうの鑑田が可笑しそうに笑っている。
「貴方でもそんな反応するんだな。ねぇ一彬さん、華生さんの名誉の為に言っておくけど、彼女は妻として完璧だったよ。側に置いてれば俺を引き立ててくれるし、いつも一生懸命で、セックスも悪くなかった」
「何か不満があったか?」
少し動揺しているのか、やや早口だ。
「そのビジネスライクな口調は崩れないな。貴方らしいけど。そうだな……強いて言えば、華生さんは妻という『仕事』をしてるんだ」
「はぁ……」
このご時世に政略結婚を企てる一彬のような男には、それの何が悪いのか腑に落ちないらしい。可哀想な性格をしている。
「彼女はいつも俺を喜ばせようと、頭で考えて振舞っている。だけど夫婦ってそうじゃないだろ? たまには感情的に怒ったり泣いたり、嫌な所もさらけ出して、それでも愛していくんだ。そういうの、『幸せ』って言うんじゃないかな」
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