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一彬さんと一緒にいる彼女は、もっといきいきとしていた。心の底から泣いて、笑ってた。ああさせるには、俺の努力では……どうにもならない。
「しかし……」
ここまで強情だと一周回って面白いな。
「あのさ一彬さん。諸々の引き継ぎが落ち着いたらでいいんだけど、履歴書持ってうちの会社に来て欲しい。専務の穴は会社的にはそこそこ痛手だし、きっと人事は貴方なら一発で面接通すよ。俺が社長になる頃には、専務くらい造作もないだろ? これで嶋木と鑑田の縁は切れない」
思いつきのように話を持ってくる社長子息に戸惑っているのか、一彬が沈黙を始めた。息子は彼の空気が変わったのを察してとどめの一言をさす。
「全然、話は変わるけど一彬さん。貴方、華生さんが結婚する時に、香水やっただろ。『浄夜』っていうやつ」
一彬は、棚に置いた自分の香水のボトルを見やった。
そういえば、使いたいとねだったからそのまま持って行かせた。
「……無くなったのか?」
「いや、ずっと部屋に置いてるけど、封すら開いてないよ。ビニールが巻かれたまま。俺がいる手前、開けられなかったんだろうね。華生さんも大した根性だよ……貴方そっくりだ」
そろそろ、好きにさせてあげたら? と声がする。
一彬もついに折れた。
「……礼を言う」
「貴方に礼を言われるなんて、真夏に降る雪のようだな」
鑑田は冗談を飛ばして、通話を切る。笹野の車の座席にもたれかかりながら、大きく息を吐いた。
「……俺、ものすごくいい男だな……」
一人きりの車内に響く独り言に、自分で笑ってしまう。その声は、思ったよりも渇いていた。
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