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一方的に切られた電話を眺めながら、一彬は魂が抜かれたように佇む。
華生を俺に返す? そもそも俺のものではない。
彼女がうちに帰ってきた所で、掛ける言葉すらわからない。
それにしてもあの鑑田という男は、就職もしてない小童の癖に、わかったような口を聞いてくれる。俺はこいつの下で働かないといけないのか。そもそもどうして礼なんか言ったんだったか。
タクシーのエンジン音が聞こえる。窓から覗くと、座席から出てきた華生が、うきうきとした顔でうちの玄関に駆けてくるのがわかった。
心臓が大きく弾む音が聞こえた。
足が勝手に動く。あれこれ考えることを野暮だと思ったのは、浮かれていたからだろう。
二年くらい前、親父が華生に見合いの話を告げた後で、生涯最大の大失態を犯したのを思い出す。
今迄ひた隠しにしておいて、今更どうして耐えきらなかったのか。
何故か自分を好いている華生は、「婚約なんて嫌だ」とごねると踏んでいた。だから「元々そういう契約だったろう」と宥める準備をしていたのだ。
ところが彼女は一つも泣き言を言わない。ショックを受けていたのは一目瞭然だったが、唇を噛み締めながらも、運命を受け入れようとした。
彼女は完璧な『商品』になる覚悟ができていた。その為になら、俺への気持ちなんて容易く捨ててしまえるほどに。
そんなの話が違うと憤ったらもう手遅れだった。我ながら、大した身勝手だが。
俺の所為で全てを犠牲にした彼女が、自分の意志で俺の元に帰ってくる。見たことがないくらい、嬉しそうな顔をして。
……何処に嫁に出しても恥ずかしくない女が、よりによってこんな男の元に戻ってくるとは。
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