二章

20/20
前へ
/264ページ
次へ
 いわゆる「花嫁修業」、一般的なマナーやら言葉遣いやら茶の淹れ方やら色々習わされていたが、一度も弱音を吐かなかった。何を思ってか日本舞踊も習わされていて、苦手だったのか毎度毎度講師に怒鳴られていたが、いつのまにか蝶のように優雅に踊れるようになっていた。  華生が一彬がいる部屋を出入りするのをしばしば見かけるのが、奇妙で仕方がなかった。寡黙で面白味のない兄の部屋に()って楽しいことなんか一つもないのに、いつもニコニコしながら部屋から出てきた。  一度何をしているのか聞いたことがある。すると彼女は「学校であったこととかを聞いてもらってるのです」と満面の笑みで答えた。多忙な兄なので「仕事をしてるんじゃないか?」と聞き返すと、「仕事をしている時は黙って本でも読んでいろと菓子を出してくれる」そうだ。あの兄のすることとは思えなくて吹き出しそうになった。  兄の顔を見た時の華生は、いつもほおがバラ色に染まり文字通り華やぐ。「お帰りなさい」と言いながら無邪気に駆け寄る姿は恋する乙女そのものだ。  聡い兄が、形ばかりの幼い妹の淡い感情に気付いていない筈はない。それでも邪険に扱わなかったのは、己を慕う彼女を慮って「兄」を演じたのか……抗いきれなかったのか。
/264ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1332人が本棚に入れています
本棚に追加