三章

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「えー? 俺は嬉しかったよ?」 どうやら彼の本来の一人称は「俺」らしい。物腰が柔らかいので少し意外に感じてしまう。 「それなら、良かったです」 「ところでさ、今週の日曜日なんだけど空いてるかな?」 「日曜日ですか? 空いてますよ」 「テニス、行こうよ。友達と約束してたんだ。だから一緒に」 「え? 本当に連れて行ってくれるんですか?」 華生の声が少し上擦った。 「うん、近くにスポーツ公園があるだろ? 教えてあげる」 見合いの後って、こんなにトントン拍子で会ったりするものなのだろうか。華生の声が陰る。 「でも、私すごく運動苦手なんですよ?」 「大丈夫。みんな良いやつだから」  華生はあまり社交的な方ではない。小学生の頃は多少友人もいたが嶋木の家に来てからは世間話ができる人間くらいしかいない。 「お言葉は嬉しいんですけど、場を盛り下げちゃうかも……」 歯切れの悪い華生の後で、鑑田は少し声のトーンを下げた。 「俺が一緒に行きたいんだ。だけど、迷惑かな?」 「そ、そんなことありません! ご一緒します!」 つい、了承してしまったと気付いた後で、鑑田の「やった!」という弾んだ声が聞こえた。 「じゃあ、また連絡するね。お休み華生さん」 「はい……お休みなさい」 なんだかよくわからないまま向こうが電話を切ってしまう。華生はスマートフォンの黒い画面に視線を落とした。  このまま、私は鑑田さんとスルスルと結婚してしまうのだろうか?  迷いが頭をよぎった後、即座に華生は独りきりの部屋で「違う」と叫ぶ。  考え方が間違っている。しないといけないのだ。勘違いしてはいけない。これが、あるべき形なのだから。
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