三章

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玄関の鍵を閉める一彬は眼を瞬かせる。 最近口すらろくに聞かなかった華生が、帰宅するなり自分に突進してくるとはどんな風の吹き回しだろうか。 一彬は一度ぎゅっと華生を抱きしめた後、そっと彼女を引き剥がしてみる。五つある胸のボタンが全て外れ、だらし無く捲れていた。 一彬の顔つきが、一変する。 「……何があった」 華生は、彼の空恐ろしい声で我に返り視線を泳がせる。口はガタガタと戦慄(わなな)いていた。 「……言う程のことでは、ありません」 言えば、この家を追い出されるかもしれない。置いてもらっている家の三男と揉め事を起こしたなんて、口が裂けても言えるものか。 「嘘をつけ!」 一彬が華生の肩を強く掴んで揺さぶった。しかし華生は寧ろ貝のように口を閉ざす。 「本当に、何でもありません。お顔が見れて良かったです。……私、休みますね」 華生はやんわりと微笑み、すっと一彬の手から離れ、ひんやりとした廊下を戻って行った。
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