三章

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一彬のこめかみがピクリと動く。変に勘繰られては交わした契約が水の泡だ。彼は弟に尖った視線を向けながらも、慎重に言葉を選んだ。 「……あいつは妻と言う名の商品だ。その身体も、性格も、鑑田家に気に入られなければならない。……一度釘を刺しておく。華生に……傷を付けるな」 「へいへい。わかってますよ。俺だって自分の家が潰れて欲しい訳じゃねーからな」 風恒は薄っぺらい返事をした後、キャリーケースを抱えてリビングを出る。残された一彬は手前にあった椅子に座ると力任せにダイニングテーブルを叩いた。それでも苛立ちは収まらずテーブルに爪を立てるも、傷付くのは自分の爪である。 「……くそが……っ!」 割れた爪の隙間から紅い涙が伝う。少し遅れて刺すような痛みに気付き顔が歪んだ。いや、そもそも風恒と顔を合わせた時点で既に歪んでいたことに、彼自身は気づいていない。
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