三章

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……いけない、鑑田さんとのお話に集中しなければ。 「今日は楽しかったです。でも下手でごめんなさいね」 「うん、けっこう下手だったね」 「え」 まさか肯定されるとは。華生が蒼い顔で俯きながら「申し訳ありません」と小声で言うと、鑑田が「冗談だよ」と笑い飛ばす。 「でも、コートを動き回る姿は微笑ましかったよ。小さな子どもみたいで。……楽しんでくれて良かった」 赤信号の前で停止した隙に、鑑田が華生に邪気のない微笑みを向けた。 なんて、優しい顔を惜しみなく見せてくれるのだろう。 「鑑田さんが婚約者で、良かったです……」 「え?!」 鑑田が素っ頓狂な声で聞き返した。運転中ということが頭からすっぽ抜けているようなので華生は慌てて正面を指差す。 「か、鑑田さん! 前! 青信号です!」 「あ! いけない!」 鑑田は慌ててアクセルを踏み込んで発進した。さっきまで安全運転だったのに急にハンドルを握る手がぎこちない。 「華生さんは心臓に悪いな……」 「そ、そうですか?」 何が悪かったのかわからないけど、あまり余計なことは言わないようにしよう…… その後は目的地に着くまで、二人は無言になってしまった。
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