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早坂が犬を飼っているという話は聞いたことがなかったし、野良猫はそこら辺を闊歩しているが、野良犬となると今はとんと見なくなった。しかもここは東京である。
そんな都会のど真ん中に――この事務所の中に犬がいるなど誰が想像できよう。あまりにも予期せぬものとの出会いは、三佳を最大ボリュームで叫ばせるには十分すぎた。
「あ、起きました? よく眠っていたので起こすのも忍びなかったのですが……仕事も慣れてきた頃でしょうし、そろそろ野々原さんにお見せしなければと思いましてね」
「ししし、しゃ、しゃべっ……!?」
「はい。実は僕は、オオカミのあやかしなんですよ。これから一緒に仕事をしていくわけですから、事前に知っておくに越したことはないでしょう? ということで、今夜は記念すべき野々原さんの初仕事です。ここにハウスクリーニングに行ってくださいね」
が、予期せぬことは何度でも起こった。
放心している三佳をよそに、喋る犬……もとい、白いモフモフの毛に覆われたオオカミ(の、あやかしらしい)の前足が、三佳の前にそっと一枚の紙をスライドさせる。
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