■0.これが事のはじまりなわけで

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 パニック状態ながらも恐る恐るそれに目を落とすと、アパートの住所と名前、外観のカラープリントに掃除をする部屋番号。それから、まるでオマケのように太字で強調され、しかもご丁寧に赤で色付けされた【危険物件】の文字が飛び込んでくる。 「こここ、この【危険物件】って何なんですか!? ていうか――誰……いや何モノ!?」  不穏な赤文字に嫌な予感しかしない。だがそれ以前に、何もかもが、わけがわからなさすぎる。  琥珀色と淡いブルーのオッドアイと、泉が湧き出るような穏やかに澄んだ声も口調も早坂のものだ。早坂は自分のことを〝僕〟と言うのも同じ。でも、三佳にはどうしたって、目の前のオオカミのあやかしと三週間見てきた早坂の姿が繋がらないのだ。  喋るオオカミ(の、あやかし)を目の当たりにした時点で気を失わなかったことを、よかったと捉えたらいいのか、失敗したと捉えたらいいのか……。  すっかり目が覚めてしまっている手前、夢だと思い込むにはあまりに無謀だ。かといって、どうやって気絶したらいいかもわからないのだから、お手上げ状態だ。  だって三佳は、今までこういったものとは縁のない人生を歩んできた。  卒業ギリギリまで就職先が決まらず、生活費の足しにしようとはじめたバイトはすぐにクビになること二十数回という、なかなかに不運な今までではあった。自分でも、よく腐らずに明るく元気に真っ当に生きていられるなと自画自賛したいくらいである。
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