■0.これが事のはじまりなわけで

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 でもこれは、どう甘い判定をしたところで、現実からかけ離れすぎているのではないだろうか。  そりゃあ、姿形は違えど声は早坂そのもの、自分のことも〝僕〟と呼べば、大方の察しはつくし、ほぼほぼ確信的ではある。けれどもう一方では、絶対に信じてなるものかと、非現実的すぎる現実を断固拒否しようとしている自分もいるのだ。  受け入れがたいものは、受け入れがたい。だって、こちらにも許容量とか許容範囲というものがある。  これは、いくら不運に慣れている三佳とて無理である。だって喋るもの。(自称)オオカミだもの。しかも、あやかしだって!? ないない、あり得ない、あり得るはずがない。  けれどオオカミは、何を今さら、と言いたげにため息を吐くと、 「どこからどう見ても僕――早坂慧じゃないですか」 「どこがですか!?」 「おお、威勢がいいですね。ヒゲがビリビリしますよ」  言葉尻に被せて語気を強めた三佳に、感心感心とオッドアイを細めた。  こんな場面で威勢の良さをアピールしたところで、一体誰得なのだろうか。というか、絶対に就職先を間違えた……と今さらすぎる後悔に頭を抱えるしかない三佳の救済は誰がしてくれるというのだろう。きっと誰にもどうにもできやしない。
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