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ただ、そのときに真新しい作業着を進呈してもらったのは、純粋に嬉しかった。
薄ネズミ色で、胸元に《早坂ハウスクリーニング》と刺繍が入っている作業着は、正直言ってかなりダサいけれど。
でも、嬉しくないわけがない。だっていわば制服、ユニホームのようなものだ。あるのとないのとでは、やはり入る気合いも違ってくる。
問題の部屋の前に着くと、三佳はその作業着の刺繍をぎゅっと握り、反対の手でドアノブを強く握りしめた。今の三佳の唯一の拠りどころは、そこしかなかった。
「――ぃよっし! 明日のご飯は何にしようかなー!」
気合いを入れ、できるだけ楽しいことを喋りながら一気にドアを開け放つ。
普通なら入居者はいなくても鍵は必ず掛かっているものだが、今日は特別にこの部屋だけ、あらかじめ鍵は開けてあるとのことだった。
アパートを管理する不動産会のほうも、この部屋のみならずほかの部屋でも一ヵ月と経たずに入居者が出ていってしまい、ほとほと困り果てているとのことだ。
それがあって、今は入居者の募集はしていない――というより、できないそうなのだ。これでは不動産会社も商売あがったりというわけで、早坂が〝掃除〟の依頼を受け、三佳がまず送り込まれたと、そういうわけである。
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