■0.これが事のはじまりなわけで

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 だからこそ、お酒を飲む仕事とはいえ、うっかり足を滑らせたりしなければと悔やまれてならない。死後の彼女が置かれている現状を思えば、ことさらだ。  こんなに好きなのに……。  そう思った瞬間、三佳の頬に涙が伝い落ちていくのは言うまでもないことだった。 『ああもう、泣かないでよ。ありがとう、三佳。あなたが来てくれて本当によかったわ』  たまらずズビッと洟をすすると、ユウリが呆れたように言う。けれど反対に、三佳の胸はチリチリと焼けるように熱い。  もう思い残すことはない、というような言い方が、たまらなかったのだ。これ以上何ができるわけでもないが、でも、どうにもやるせない。 「……好きだったんですよね? この男性のこと。ユウリさんにとっては、ただのお客さんじゃなかったんじゃないですか? それを考えると、なんだかもう……」  次に店に来てくれる約束をしていたかもしれない。もしかしたらプライベートでも親密な付き合いをしていたかもしれない。なのに言葉も何も残せないまま突然亡くなって、未練が残らないわけがないと思う。  その切ない思いが死後も彼女をここに縛りつけている原因の大元なら、もはや悲劇としか言いようがないのではないだろうか。
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