PROLOGUE

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 城の尖塔の一室では広々とした寝台に女が横たわっている。室内に灯された幾つもの燭台の灯りに影が踊る。  女は寝台の上で苦悶に身を捩り、歯を食いしばっている。部屋の片隅に控えた黒い影が低い声で歌うように詠唱を続けていた。  寝台の脇では太った大女が息も絶え絶えに喘ぐ女の手を握って励ましの言葉をかけている。寝台に横たわる女は汗まみれの顔を仰け反らせ、シーツを掴む指と己が身体に渾身の力を込めた。  ずぶ濡れの男は騎乗のまま城門に向かって自らの名を名乗ると開門を命じた。門内から今一度姓名と用向きを誰何(すいか)する声が帰ってくる。知らぬ名であろうはずがない。おそらくは信じられぬ思いでいるのだろう。男は激しい焦燥に苛まれて声を荒げた。その声には何人(なんぴと)たりとも動かさずにはいない威儀が伴っている。城門は重々しい音を響かせ、開き始めた。その刹那の間すら惜しい。  そのとき、この世界全体をあり得べからざる地響きが襲った。巨大な地震のように震源を一にするものとは異なる不気味な微震が一瞬で全土に伝播した。  男は天を仰ぐと腰の剣を抜き放った。鋭い切っ先を持つその長剣は、反射する光源とてない闇の中、淡い青色の光を放った。
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