2 ミュート

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 恐ろしいと言えば、また別の記憶がカイの脳裏に蘇った。喉元に突きつけられた冷たい刃物の感触、ミュートの外見や戦いぶりにもこれまでにない恐怖を味わった。  だがガラが手酷く殴られ、自分も痛い目に遭わされたときに感じた言い知れぬ恐怖。あれはいったい何だったのだろう。外部からもたらされるものではない、内なる何かが呼び起こす得体の知れない畏れ。過去にもこのような感情を抱いたことがあるような気がするのに、まるでその記憶がないことが、カイの不安を一層掻き立てた。  考えるのは止そう。それが一番いいことに思える。カイは前を行くガラを見た。ガラはミュートをつつき回すのにも飽きたようで、大きく伸びをしながらゆったりとした歩調で歩いていた。昼間に気を失うほど殴られたことも忘れたように見える。命のやり取りはないとはいえ、訓練でも随分怪我をしてきていた。こうした気分の切り替えもスメクランの素養のひとつとされている。  やがて、間道の先に岩山を削って平らに均された駐屯地が見えてきた。石造りの建物が何棟か建ち並び、門の前では篝火が盛んに炎を上げていた。
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