槍の穂先から

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 槍の穂先から

  九六年八月    梓川の川面に映る、夕日を横目にしながら、遊歩道を歩いていた。  その清流は、山頂から見ても、こうして横に立って、見ても美しく目に映った。  都会の喧騒の中で汚れた心が、洗われていくような気がした。  俺が、芭蕉や山頭火のように、詩に愛された人間であったのならば、何か良い歌でも思いついたのかもしれないが、生憎、文学の心を解さなかったので、背筋がぞくぞくした訳をほかの人間に伝えることができない。  それを残念に思うのだが、そこで、人類が今まで積み上げてきた、文学という一つの芸術を紐解く気にもならないのだった。  少しの口惜しさを、胸のあたりに残しながら、足を速めた。遅れたら、店長に何を言われるかわからない。  高校二年の夏休み、俺は上高地に来ていた。  とはいっても登山をしに来たわけでもなければ、もちろん物見遊山をしに来たわけでもない。俗な言い方をすれば、小遣い稼ぎである。  俺はとりわけ、意志が強いほうではないので、時間があればあるだけ、だらだらと無為に過ごしてしまう。それは少々もったいない気がしたので、バイトでもして、有意義に過ごそうと考えたのだ。     
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