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烏合の頭目 ─ ヴァンゼ・オゴット ─
俺の名はヴァンゼ・オゴット。色を無くした国ドートトールの首都マグノリアに生まれ、貧民街グーヴァーを根城とする反政府組織、暁烏の首領として日々狂信を血流にめぐらせて叫んでいた。暗明の世界で灰色の泥をすするドートトールの子供たちに、いつか、砂ひとつついていない真っ白なパンを食べさせてやりたくて。けれど、共存という耳触りの良い言葉は現国王リヒト・ジャサーラ・ナイアードに欺瞞と罵られ、嘲笑われ、捨て置かれた。必死に生きれば生きるほど、俺たちの命は空気のように軽くなっていくようだった。善と悪。正と邪。是と非。すべての理が白と黒に統一された世界で、俺たちは目を瞑って生きていくしかなかった。湿った土の匂い。錆びた鉄の匂い。カビの臭い。有機物が土に還り損ねた強烈な臭いを胸腔に思いきり吸い込みながら、それでも俺たちは瓦礫の頂きに立ち、叫び続けるしかなかった。飛べない翼、黒い襤褸外套をはためかせながら。
人から生まれた想いの数々。謳われなかった歌。語られなかった思想。伝えられなかった想い。届かなかった愛。砕け散った夢の欠片の上で、俺たちは今日も、昨日とは違う明日を夢見ている。
『お前の眸には、この世界が何色に見えてるんだろうな』
最初から色を持たないドートトールの民に何かを失ったという意識はなく、自分に色彩的欠陥があることも、それを不自由だと感じることもない。何色でもない自分の手ひらを閉じたり開いたりしながら、それが何なのか、考える気力すら失っている俺に、長身の美丈夫は柔らかに微笑。冗談だよ。と、節くれだった指の背中で俺の頬を撫でていった。漠然としたこの好意に名前はなく、触れること、触れられることに、俺は心地よさを感じていた。レダは不思議な男だった。自分からは近づきがたい何かがあった。容易に近づくことを躊躇わせる───それでいて、見る者の胸を打つ何かが。
無色階暦一六二〇年・木槿の月。野の花を鼻先にくっつけて笑っているレダを、今日も俺は、数米離れた場所から眺めている。
その名を知ったのは半年前。はじめて言葉を交わしたのは二週間前。そしてこの謎多き男がこの街に入り浸るようになって、あっという間に一週間が経とうとしていた。
無造作な着方ではあるが、どことなく垢抜けした服装と、まとまりの悪い髪を無理やり撫で付けたような形跡が、この男にはよく似合っていた。
感情の波を感じさせない、穏やかな男。───でも、独りのときは、はっとするほど印象が変わる。その表情をはじめて見たときは、この俺でさえ、胸が冷えた。色のない眼差しに射竦められそうになる気持ちを、相手の眼を見返すことで必死に誤魔化そうとしていた。
共同体維持のために結成された、民間の自警団によって辛うじて治安が維持されているだけの。いつ爆ぜてもおかしくないこの国の燻りに、俺たちは一縷の望みをかけていた。炎はいつだって燻っている。ひとたび風が吹けば、取り返しがつかなくなるほどの猛火になるまで、そう時間はかからない。
だが───耐えられるだろうか。疲弊しきったこの体で……すべてが燃え尽きるまで、俺たちはその熱に耐えることができるのだろうか。
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