第1章~組織加入~

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なにもない草叢… タイヤの轍すら消されているが屡鬼阿はここが現場だと確信した。 ゆっくりと目を瞑り、頭に映像が浮かぶ。 黒のセダン。 高架柱に落書きのように血液で殴り書きで記されたDear 半開きのドアから、だらけた蒼白く細い腕に鮮血が滴る。 服も肉片も臓物も後部座席に散らばっている。 この世の表情とは思えないおぞましい死にざま。 腕に刻まれた 「Where is my joker」 屡鬼阿はハッと目を開けた。 全身に嫌な汗をかいている。 頬を流れる汗に皮肉にも生ぬるい風があたる。 目の前のなにも変哲もない生い茂る草が不自然に感じるくらいにこの現場は巧みに処理されていた。 「…!?」 背後に聞こえた足音に屡鬼阿は警戒し振り向いた。 「おっと、びっくりさせてごめんね。こんなところに女の子が一人でいるのは危ないと注意しようとしたんだ。今日のニュースを観ていない?」 オレンジの髪をなびかせた男性がほほ笑んだ。 「じゅっ…」 「こんにちは。初めまして…じゃないな。昨日会場であったしな。…彼女にも…。」 そういうと男性は草叢の方向に向かってしゃがみ、手を合わせた。 「気の毒に…。友人が亡くなってショックだろ?俺も呼び出されて驚いたよ。彼女がまさか…。」 言葉和詰まらせた男性に屡鬼阿は不信感をあらわにし、眉をハの字にして睨んだ。 「刑事たちの尋問お疲れさん。肩凝ったろ?」 「何が…言いたいのですか?」 屡鬼阿は男性の全てを見透かした口ぶりに警戒し一歩退いた。 男性は少し間をおいて立ち上がった。 「別に今回の事件について君を疑っているわけではないよ。ただ、俺たちはずっとこの名前の子を捜していたんだ。」 男性は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。 ―Drear Rukia― 血液で壁に記された自分の名が写された写真。 「これはね、今回の松平さんとは違う事件で撮られた写真なんだ。ほかにも残酷な事件が起きるたびにこの名前やメッセージが残されていることが多いんだ。そこで糸口になる“ルキア”という人物を捜していた。国の名簿を調べてルキアという名前はそう多くないことが分かった。その人物を追って接触することはできたんだ。会って話をきくことは、どれも叶わなかったけどね…。」 「接触はできたのに会話はできなかった?」 屡鬼阿はさらに眉を寄せた。 「この写真の事件の被害者は瑠騎亜ちゃんという8歳の女の子だった。今回、松平さんが着ていた服は君の服だ。これは偶然ではなくて何らかの意図があって俺たち以外の誰かが目的の“ルキア”を捜し殺害しようとしている。」 「その目的の“ルキア”は私じゃないかもしれないわ。それとも全国、全世界の“ルキア”に護衛をつけるつもりかしら?」 男性は少し悲しそうな表情で一度写真を見返し、胸ポケットにしまった。 「この子が日本国では戸籍に登録された最後の“ルキア”だったんだ。俺たちはこの子を守れず、そして手がかりひとつ得ることもできず途方に暮れていた…。そんな時に君が昨日俺とぶつかって落とした学生手帳には戸籍名簿にはなかったルキアがいた。…ね。遮那屡鬼阿ちゃん。」 屡鬼阿は男性の取り出した学生手帳を奪うように受け取った。 「警戒しなくても大丈夫だって。組織が保護したいだけだって。」 「組織?保護?…ただのバンドマン事務所が保護とは笑わせてくれるな。」 男性は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに屡鬼阿に微笑んだ。 「さすが遮那家。察しがいいな。でも、君がどんな者だとしても、いずれ犯人は君を探し出して殺しに来る。どんな意図で”ルキア“を襲っているのかはまだわからない。幸い、犯人側も”ルキア“という人物を名前だけしかわからず、手当たり次第に襲っているようだ。君がもし指標ならば君がなにかしら答えを持っているはずだ。」 屡鬼阿はカバンに学生手帳を入れると男性に背中を向けた。 「私は何も知らない。狙われる理由もわからない。」 「狙われる理由が多すぎて『わからない』の間違えじゃないかな?」 男性の言葉で屡鬼阿は不快に感じたがそのまま挑発に乗らず振り向かないまま歩き出した。 「もう一度言う。君が目的の“ルキア”であってもなくてもこの組織で保護したい。」 一度歩みを止めた屡鬼阿に男性は手を差し伸べた。 「断る。自分の身くらい自分で守れる。」 屡鬼阿は冷たく言い放つとそのまま去って行った。 「交渉失敗だな。純鋭(じゅんえい)] 純鋭と呼ばれた男性は声の主の方向に振り向いた。 黒のスーツ姿、スキンヘッド、サングラスにひげ面強面の男性が黒のセダンに寄りかかりながら煙草を吸っていた。 「あー。はははは(苦笑)。いいんですか?本部にいなくて里京さん。」 「まずは彼女を確保することが優先なんだ。残されたあては彼女しかもういないのだからな。それが叶わなければ、残酷な事件は迷宮入りでこれからも永遠に続く。」 純鋭は自分の左耳のピアスを触った。 「はたしてこの事件に僕らが首を突っ込んでもいいんですかね?」 「…どういうことだ?」 「いや、なんとなく…第六感というか…なんというか…。まぁ僕は早く事件が解けてギタリストとして平和な生活が出来れば何でもいいんですよ。…さてフラれたし、僕は楽しいほうの仕事に行ってきます。今朝はライブの疲れがたまっているのに悲惨な現場に呼び出されて、舞いっているんです。気分転換させてくださいよ。」 さわやかに手を振る純鋭の姿と裏腹にその瞳は冷たく、里京は不思議な違和感を覚えた。
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