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「お引き取り願う!!!」
朝早くから寺の敷地内に住職の声が響き渡り屡鬼阿は目を覚ました。
時計の針は5時を指している。
外から聞こえる会話に耳を澄ましながらも、もう一度布団を頭までかぶる。
「あぁ今日もめんどくさいなぁ」
声が静まるのを待ち、屡鬼阿は重たい体を起こし、身支度をした。
ブレザーの襟を直し本堂へ足を運ぶ。
「お早いお目覚めですね遮那様。」
何食わぬ顔で香をたく住職は屡鬼阿に微笑んだ。
「あんな声の荒げ方じゃ起きてくれと言っているものよ。」
「そうじゃの。まぁ気になさんな。それよりも遮那様。パスケースを新調してみたのじゃがどうかの?」
屡鬼阿は住職の顔をじっと見つめたのち、パスケースを受け取った。
「はぁー…ありがとう。…これで安全に学校に行けるわ。」
屡鬼阿はため息をつき、本堂に手を合わせいつもより早めに家を出た。
登校途中にいつもと違う雰囲気とどこからか視線を感じていた。
周りはまだ人通りもなく静かだが、気配を感じていた。
屡鬼阿は深呼吸をするといきなり走り出した。
すると途端に、数名のスーツを着た男たちが屡鬼阿の後を追いかけてきた。
暫く追っ手を撒けないまま人気のない地下道の真ん中で歩みを止め振り返った。
カバンを地面に落とすように置き、片手にパスケースを持ったまま両手を挙げた。
「遮那屡鬼阿。君を国の機関。特別保安部隊にて保護させてもらう。これは国の決定事項だ。」
「…」
スーツを着た男たちの間から里京が現れ、屡鬼阿の前に立ちはだかった。
「…」
一言も発せず里京を睨む屡鬼阿に里京は背中が冷たくなった。
「か、確保しろ。」
里京が部下の数名に指示し屡鬼阿に背を向けた一瞬だった。
指示を受けた二人の部下が里京の足元に倒れた。
「なっ!!」
里京はスーツの内ポケットのふくらみに手をかけたが、そこから次の行動に移ることが出来なかった。
間合いをどんどんつめられ、自分の顔の真下で屡鬼阿が里京を見つめる。
「一般人に向けようとしたそれは何?お出迎えにしては物騒ね。」
屡鬼阿はクスっと笑うと里京から離れ、地面に置いた鞄を拾い上げ去って行った。
嫌な汗が自分の背中を伝うが、動こうとしても動くことができない。
里京には何が起こったのかわからなかった。
小さくなる屡鬼阿の背を追いたいが体が動かない。声も出せない。
人気のない地下道でどうすることもできない無力さを里京は実感した。
何の変哲もない女子高生にまんまと一杯喰わされたのだ。
「あー。里京さんを助けようと追ってきたら逃げられちゃったあとか―。あれ?里京さん、だるまさん転んだ、ですか?」
棒読みのセリフのように純鋭が里京の足元に屈んだ。
その瞬間里京の体は解放され動くことができた。
「いったい何が起きたのだ?」
立ち上がった純鋭の手には縫い針があった。
「ただの縫い針か?」
「はい。ただの縫い針です。先人たちの中には地下にある龍脈を活用することがあったみたいです。針で抑えるといろんな効力を発揮することもあるみたいですけどね。今回はフェイクです。里京さんは彼女に動物の本能を引き出されただけです。」
「動物の本能?」
「俗にいう金縛り状態です。」
「金縛り?そんな馬鹿な。」
里京は少しため息交じりに呟いた。
「自然界ではよくありますよ?弱肉強食の世界では強い者に睨まれると弱者は動けなくなる。足がすくむ。そんな原理です。さっき里京さんが懐のものを出すのを躊躇ったのは少し彼女に恐怖心を抱いたからですよね。」
里京はサングラス越しに純鋭を睨んだ。
「お前、ずっと見ていたのならなぜ手を貸さんのだ?」
「え?遮那の技みれたらいいなーって思って。」
へらへらとする純鋭の足を里京は無言で思い切り踏んだ。
「素性がわからん夜狩省の末裔か。史実には残っていないが、とある手記にはメインで動いていた記録がある人物か。夜狩省末裔と今回の保護対象が同じ人物として一致するとなると一筋縄とはいかないな。」
「遮那家が消された理由は多々ありそうですが、この組織がもともとは夜狩省なのになんで過去の書物がほとんどないのか本当に呆れますよ。とりあえず、次のプランへの移行を決行しましょう。僕は仕事もありますし大切なものを持ってくるのを忘れたので帰ります。」
純鋭は踏まれている足をずらして里京に背を向けた。
「…あ、里京さん。どうしても彼女を保護するつもりなら少しやり方を変えないとだめですよ。里京さんがあまりとりたくない手段を使うしかないかと。」
「…わかっている。」
純鋭は少し困ったように微笑んで振り向かず歩き出した。
里京は先の屡鬼阿との対面での技に心打たれると同時に胸騒ぎを覚えていた。
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