第1章~組織加入~

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里京が長い石段を昇りきると、本堂の前を立ち塞ぐように住職が坊主を従え待ち構えていた。 「其処をどいていただくか、彼女を呼んでいただくかどちらかお願いしたい。」 住職はもの言わずただ首を横に振った。静かなやり取りの間に霞がかった霧とともに突風が吹きつけた。 異変を感じ自室の窓から屡鬼阿は外を眺めていたが、しばらくの住職と里京の硬直状態に愛想を尽かしベッドに戻った。 「じいちゃんから外に出るなって言われたけどこういうことね。せっかくの休日が台無し。」 仰向きにベッドに倒れ天井を見上げた時、再び先程とは違う異変を感じ、本堂とは逆の窓に駆け寄った。 『…えり……あ。…に』 霧のせいでぼやけておりはっきりと姿は目視できなかったが何者かが遥か下の石段の前に立っていた。 「なにこの…なんというか…。なんか…!!」 屡鬼阿は何かの気配を感じ棚の上の舞扇を手に取り、部屋から駆け出した。 風がやむと視界はさらに悪くなり、目の前にいる相手の顔すら確認できなくなった。 里京はまるで異世界にいるような錯覚を起こしそうであった。 住職と無言の攻防を破るように二人に歩み寄る足音が響いた。 「里京さん、だるまさんが転んだの次はにらめっこですか?」 全てを隠すような霧の中、冷やかすような言葉を投げかけた純鋭はいつもと雰囲気が違うただならぬ威圧感で里京の隣で足を止めた。 住職はより一層険しい表情で純鋭を睨んだ。 「里京さんは甘い。やっぱり甘い。」 純鋭は口元を綻ばせながら手に持っていた棒のようなものを住職につきつけた。 「もう鬼を匿うのはやめたらどうです?単刀直入にいうと彼女をこちら側に加入させたい。嫌というのならばこのまま斬ります。僕は里京さんみたいに甘くないですよ?」 「…」 それでも住職は頑なに口を噤み、一歩たりとも動じなかった。純鋭は自分の手元の先を見た。 「あぁそうか。」 そう呟くと、純鋭は突き出した棒から右手できらりと光る刃を引き抜いた。 「純鋭!一般人だぞ!」 里京の声と同時に純鋭の引き抜いた銀色の刃の前に屡鬼阿が鋭い眼光で純鋭を睨みつけていた。 「物音ひとつさせずに現れるとは、人間離れしてるな。」 「…さっきのは、貴方じゃなかった…」 純鋭は屡鬼阿の言葉の意味が分からなかった。 「まぁいいや。私に何か用?」 「そうだよ。忘れ物。」 笑顔で屡鬼阿と話をしようとする純鋭とは裏腹に、喉元擦れ擦れに触れようとしている刃先に屡鬼阿は不快な表情をしていた。 「おっと失礼」 純鋭は右手をおろし、屡鬼阿に近寄り、ポケットから縫い針を取り出し、手渡した。 「武具を置きっぱなしにするとは感心しませんな。遮那家の御嬢さんよ。」 屡鬼阿はその言葉を聞くと、ニヤリと口を綻ばせた。 「妖家の末裔が今更何用かしら?」 「今は明石って名乗ってるんでね。まぁまたよろしく頼むよ、疫病神。」 屡鬼阿の表情が一瞬引き攣った。 「政府の犬は健在ね。」 純鋭の眉間に一瞬皺が寄った。 「あハハハハハ」「フフフフフフ」 『…』 二人が笑いあう間に一枚の葉が落ちた…と同時に純鋭は刀を振りかざし、屡鬼阿はそれを避けながら純鋭の顔をめがけ渡された針を投げた。二人は態勢を整え次の一手を繰り出す。 二人の表情は狂気的な笑顔に満ち溢れていた。 暫くし、避ける屡鬼阿の足のリズムが崩れたことを純鋭は見逃さなかった。 純鋭は握っていた刀を逆手に持ち替え、屡鬼阿の背中ぎりぎりに刃先を近づけた。 屡鬼阿は自分のリズムが崩れた隙を突いてくる純鋭を見透かし間合いに入ったことを確認すると懐に潜り、喉元に舞扇をつきつけた。 『殺すつもりなんてないくせに』 ぎりぎりの状態にもかかわらず二人の表情は笑顔だった。そんな正気でない二人の足元に里京は持っていたハンドガンで銃弾を撃ち付けた。 「そこまでにしろ。彼女にけがを負わせる必要はない。純鋭、本来の目的を忘れるな。」 里京の言葉で二人の異様な気迫は消え、純鋭は刀を鞘に納めると左耳のピアスを触った。 「へぇこの組織は、銃も刀も持ち出しOKなわけね。」 屡鬼阿は純鋭から離れ里京に歩み寄った。 霞がかっているせいもあり、屡鬼阿の逆だった髪の毛と鋭い目は赤く、にやりと笑った口元からは牙のようなものが見えた…気がした。…まるで鬼のように…。 その姿に里京は少し怯み、一歩後退りした。 「で、遮那の御嬢さんよ、この前の返事もう一度聞かせてよ。」 言葉を詰まらせる里京の代わりに純鋭が住職の前に移動しながら聞いた。 「嫌とこの前…」 「もちろん、否定の言葉があれば寺ごと君も潰すから。これ国の秘密機関だから。」 屡鬼阿は苦虫をつぶしたような表情で住職と純鋭の顔を交互に見た。 「一般の抵抗できない人を利用したり、脅したりこれが国のやり方?」 屡鬼阿は再び里京の顔を睨みつけた。 「君はまだ知らないことばかりだ。これは序の口だよ。…組織というのは便利でもあり、卑怯でもある。こちらの世界は一々、綺麗・汚いを考えるだけ無駄だ。」 「…っ…」 純鋭はなかなか返答しない屡鬼阿にしびれを切らし、刀を再び鞘から抜いた。 「わかった。わかったから。私一人の身で事が収まるなら協力はするから。だから刀を納めて。」 その言葉を聞くと純鋭はほっと胸をなでおろすかのように鞘に刀を納めた。 「あぁ。あと住み込みであることを伝えていなかったな。」 「あぁ!!!???」 里京の言葉に屡鬼阿は耳を疑った。 「この社会の裏に身を置くということは表の人間を巻き込む可能性がある。我々は極力、表の世界に影響がないよう動く。君もこの寺や大切なものを守りたいのであれば世間からは身を引いた生活の方がいい。」 「あ、あいつはどうなのよ。」 屡鬼阿は帽子とサングラスを装着しなおす純鋭を指差した。 「俺は逆に目立って、世間の情報を送受信するインフルエンサーの役割を担ってるんだよ。表の人物がこちらに来ないようにする監視の役割もある。」 「とりあえず、詳しい話は追々にしよう。さっそく本日から本部に移ってもらう。荷物を運び出すが、荷造りをしてもらおうか。」 屡鬼阿は深いため息をつき二階の自室を指差した。 里京は部下へと荷造りの指示を出した。 住職はその様子を見ながら力が抜けたように膝から崩れ落ちた。 「お守り出来ず…申し訳ありませんでした。遮那様…。」 屡鬼阿は住職の手を優しくとり縫い針を手のひらに乗せた。 「大丈夫。何も変わっていないから大丈夫。私がいなくてもじいちゃんがここを護ってくれるのであればそれでいい。私がいつでも帰ることができるようにここを護って。17年間守ってくれて感謝してるから。」 住職は頷いた。 「絶対にその髪飾りだけは肌身離さずお過ごしください。その髪飾りのことだけは、先代、先々代から口酸っぱく言われておりました。お願いです遮那様。その髪飾りだけは手放さないようお願いいたします。」 「???」 屡鬼阿は住職の今までに見たことのない焦った様子に少し驚いた。 その様子を布袋に刀をしまいながら純鋭はじーっと見つめていた。部下の一人が純鋭に荷造り完了の報告をすると純鋭は屡鬼阿に歩み寄った。 「さて、そろそろ移動だ。」 屡鬼阿は名残惜しそうに寺を見つめながらも石段を下りて行った。 石段を下りきると既に車を準備させた里京が後部座席のドアを開けて待っていた。 「荷物は先に本部へ搬入している。自己紹介が遅れたが、私は特別保安部隊、国の裏機関組織の局長の里京典慈だ。」 「組織については、追々でいいでしょ里京さん。俺は…」 「妖家。カニバリズムのギターボーカル。先祖代々政府の犬。」 「ざけんな。いつかその首狩ってやる。しかも今は妖じゃなくて明石純鋭と名乗ってるんですけどー。さっさと自 己紹介しろ小娘。」 屡鬼阿は一度ゆっくり瞬きをして二人を見て妖しく微笑んだ。 「私の名は、遮那屡鬼阿。悲しいかな古の歴史と血を汚した家の末裔。」 屡鬼阿はそういうと里京の用意した車の後部座席に乗り込んだ。
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