柳生の追憶

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【二】 「あれからもう幾年経ったか」 古びた座布団の上に座り、胤栄は問いかけた。 「十年」 素っ気ない口調で返事し、石舟斎は文机の上に大量の和紙を広げた。 殆どは石舟斎の筆跡で書かれたものだ。 だがその中に何枚か、仮名文字の手紙が残されていた。 「見慣れない書状が入っておるな」 胤栄は眉を微かに動かし、怪訝な表情で問いかけた。 一方の柳生石舟斎宗厳――彼は五尺二寸の小男で胤栄とは身長差がある――は全くもって動じる様子がない。 鋭い三白眼の童顔に色白で痩せこけ、無精髭を生やしたこの男は、一見風采が上がらないかの様に見える。 だが刀を持つと性格が豹変する。 激しい闘気を放ち、敵を威圧し早駆けする。 立場上、里に帰参してからも道場破りがよく来ると胤栄は聞いていた。 だが、いざ石舟斎と対峙した者は、刀を携えた彼の気迫に圧倒され、気付いたら初手を奪われてしまうのだ。 剣豪は初手を奪う事が出来れば、それで充分なのだ。 (昔は小さくて柔和に笑う可愛いやつだったのになあ…) 共に興福寺で修行を積んでいた頃を思い出すと、心の中で胤栄は独り言を呟いた。
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