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小山を登り、いつもの高台へ――。
眼前に広がる下界、ラグエルには地平線へと蛇行する大河の跡が見える。あの日と同じはずの眺めは一層雄大な景色に変わっていた。
「ルーファスさま。以前ここからの眺めは川沿いの集落しか見えませんでしたが、もう、私の目には大河の跡が容易に見えます」
「ふふ。ぼくは、はじめから大河の跡に見えていたよ」
思った通りだ。ルーファスは目に見える小さな集落だけではなく、世界の形をそのまま見ることが出来る。まぎれもない。彼は勇者だ。
その顔が見たい。ラグエルは少しだけ、気付かれないようほんの少しだけルーファスをのぞき込んだ。
「大河の跡を辿ってみませんか?」
「……水瓶の蓋を開けたら……集落が水没してしまうからいやだ」
「では、砂漠まで運んで開けてみては? オアシスを作りましょう」
「……砂漠、見たことあるの?」
「ありません。残念ながら、私はこの大陸から出たことがないのです」
「砂が海のようにあるんでしょ?」
「そうらしいですね。朝日が当たるとキラキラ光るらしいですよ。素敵ですね」
再び、そっとルーファスを見ると失意の表情の中、瞳には明かりが灯っている。彼の瞳の中には砂漠の光景が広がっているのかもしれない。
ラグエルはその場で腰を下ろし、さらに寝転んで空を仰いだ。
「ルーファス様。旅には出なくて良いのです。……ただ、私には本当のお気持ちをお話しください」
目を閉じてルーファスの声を待つ。
もしかしたら、旅に出たいと言い出すかもしれない。
それともやはり、どこへも行きたくないと言うかもしれない。
だがもう、ラグエルにとってはどちらでもよい。
彼が口には出せない思いを抱えていることに気付いたその時から、何よりも大切なものが見えてしまった。
決して、旅立ちへの情熱が消えたわけではないが、主の幸せこそを願う。ラグエルはこれもまた自分の中を流れる随行者の性質なのだと、むしろ満たされていた。
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