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1.
昨晩はろくに眠れなかったにもかかわらず、朝は鳥のさえずりとともに目覚めてしまった。
旅立ちの支度もすっかり終えて、それでもまだ朝食の時間にもならない。
持て余したラグエルは早々に身じたくを整え、鏡の前で己の目をじっと見据える。
胸のうちから湧き出る意気込みに今にも笑みがこぼれそうだ。恐れるものは無い。
十年間、待ち焦がれたこの日がいよいよやってきたのだ。
ラグエルは抑えられない昂りに、居てもたってもおられず、自室を後にした。この喜びを分かち合うべく、二番目の兄を訪ねることにした。
二番目の兄ヘンリーは王宮の兵士の中でも強者と評判の、ラグエル自慢の兄だ。
彼の朝はいつも早い。こんな早朝でも遠慮なく訪問できるのは彼しかいないだろう。すでに起き出しているやもしれぬと中庭へ出ると思った通り、ヘンリーは朝の鍛錬をしていた。
「おはよう、兄さん」
「おはよう。ラグエルか。早いな」
言うなり、ヘンリーは吹き出した。
「おまえ、もう、そんな恰好をしているのか。手甲まで付けていては朝飯も食い辛いだろうに」
「今日は大切な日なので」
ラグエルガいかに今日この日を待ち焦がれていたのかが一目で分かる。
きっちりと正装に身を包み、式典用の鎧まで着けている。金糸のように麗しい髪もスッキリと束ねられ、その表情は晴れ晴れとしていた。
得意気に胸を張るラグエルに目を細め、ヘンリーはもう二十七にもなる大きな弟の頭を撫でた。
「ああ、そうだな。とても立派だよ。今朝はアル兄さんも朝食にお見えになるぞ」
「本当ですか? 嬉しいです!」
普段一緒に食卓を囲むことなど滅多にないほど多忙な長兄も、ラグエルの記念すべき日となるこの日に駆けつけてくれるとは。ラグエルの胸は喜びに一層膨らむ。
今日は初めて登城する大切な日だ。
この日を以て、ラグエルは旅立つ。
勇者の証を求めて――。
一族の名に恥じぬよう、代々受け継いできた使命を全うしてみせると、旅立ちが決まったその日から深く胸に誓ったのだ。
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