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彼女は船を漕ぐ
「……ゆむ。おい、歩」
誰かが俺の名前を呼び、肩を揺さぶった。
重たい瞼を上げ、ぼんやりとした視界に映り込んだのは真っ白なノート。紙面の真ん中は濡れ、十円玉大の染みを作っている。耳に入ってくるのは筆記具の走る音、トーンを落としてひそひそと話す声、そして教師のやる気に満ちた声だけだ。
口の端から垂れそうになる唾液を啜り、鼻をすんと鳴らして目をしばたかせる。視界がはっきりとしてきたところで首をゆっくりと横に向けた。隣の席に座る男が呆れた顔で鼻を鳴らして、ふっと笑った。
「……わり、寝てたわ」
「おいおい、週始めからそんなんで次のテスト勝てんのか?」
感謝の言葉でも述べようかと思ったが腹が立ったのでやめる。起き抜けに煽るのはやめてくれ。
「逆にこんなんに負けたら恥だぜ、お前」
「は、言ってろ寝坊助野郎」
「へいへい、どうせ俺は寝坊助サボり魔のゴミクズ野郎ですよー」
「そ、そこまで言ってねえだろ……」
こいつとはテストの度に張り合っているが、毎度なかなかいい勝負になる。客観的に見ればライバルと呼べる関係だろうし、クラスの連中もそう言っている。だが、それは不本意極まりない。確かに成績は同レベルかもしれないが、俺はこいつなんかは眼中になく、もっと前を見据えているのだから。
と、言葉通りに前を向き、常に学年一位に君臨する女王のクールな後ろ姿を見る――、はずが。
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