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プロローグ
待ち人横町にて
その店の看板には思ひで蕎麦屋と墨で大きく書かれていた。が、文字は擦れていてほとんど読める状態にない。たとえ読めたところで看板などに目をくれるものは誰一人としていない。蕎麦屋という看板を掲げているくらいだから店は勿論蕎麦屋だったが、そんなことを気にするものも一人としていなかった。
年代物の木造建築で、和洋折衷と言えば聞こえはいいが、無計画に増築を繰り返した挙げ句、和風なのか洋風なのかさっぱり分からなくなったというような形をしている。二階部分は少し左に傾いていて、ひし形の窓枠だけが真っ赤に塗られていた。その奇妙な風貌が路地の景観によく馴染んだ。
待ち人横町から見える陽は今日も傾いている。煤けた暖簾をくぐって店内に入ると、湿気った空気と微かな線香の匂いが混じりあって鼻孔を刺激する。
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