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女子高生側が警察に被害を訴えてきたのは、事件から2ヶ月ほど経過してからであった。 川口が怖くて、告訴するか否か思い悩んでいたのだという。 2ヶ月も経ってしまえば、被害者の身体に暴行された形跡というのは、すでに残っていない。 また物的証拠がある訳でもなく、一緒にいた友人の証言も取れていない。 起訴は難しいと見た警視庁は、警視総監の意向を受けた刑事部長の指示により、双方に和解を持ちかける。 川口を強行逮捕した際の社会的影響は、計り知れない。 テレビ番組のレギュラーやCM出演を多数抱え、また在籍するYAMATOは、震災復興やオリンピックのPRタレントでもある。起用したのは総務省。紛れもなく、政府だー。 逮捕でなくても、この一件が世に出れば、これらをすべて降板する事になるのは、間違いない。 また被害者もマスコミに追われるのは必然で、加えて裁判への出廷等で世間の目に晒されるだろう。 女子高生側にとっても、騒動が拡大する事は何のメリットもない。 ならば多額の示談金という「(じつ)」を取るのが、賢い選択だ。 むしろ最初からそれが狙いだったのではないかとさえ思えるほどの、2ヶ月後の告訴であったー。 川口の所属するジョニーズ事務所が和解金2000万円を被害者に支払う、という線で示談交渉は進んでいた。しかるにー。 突如川口は証言を翻し、否認に転ずる。 「自分はその女子高生とセックスはもちろん、キスもしていない。よって事務所も自分も、ビタ一文(いちもん)払わないー」 困惑したのは、和解を勧めた警察であった。 本件を担当していた警視庁捜査一課の第5係長・矢田正平(やだしょうへい)警部は、事態を上に報告するー。 「よし、川口を逮捕しろ。責任はすべて、俺が取る」 捜査一課長・生田康男(いくたやすお)警視正が、毅然とした表情で言った。 こうした経緯で川口琢哉は逮捕され、前述のニュース速報により人々の知るところとなったである。
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