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つい先程まで練習していた全国大会で演奏する曲は、課題曲、自由曲ともにクラッシックである。当然の事ながら野球の応援にはそぐわない。
そこで急遽、応援の定番と言われるいくつかの曲の楽譜を取り寄せ、練習に入る。
明後日の決勝までに、これらの曲を完璧に吹けるよう、仕上げなければならない。
何しろ、理事長命令である。顧問の北川も、目が血走っているー。
真由が吹奏楽を始めたのは、高校に入ってからだ。よってこんな歌謡曲やアニメソングを吹くのは初めてである。
担当するクラリネットは、初心者でも比較的扱いやすい楽器と言われている。それでも真由は、習得にかなり苦労した。
クラリネット等の木管楽器は演奏する際、吹き口にリードと呼ばれる竹を削って出来た薄い木片を取り付ける。これが振動する事により、音が出るのだ。
吹く加減を間違えると、ピィーッという不快なカン高い音が鳴る。これをリード音という。
入部してすでに1年以上たつが、真由は今だに、時折このリード音を出す。
「バカ野郎!」
その都度、北川の厳しい叱責が飛ぶのだ。
しかし、今回は静寂のコンクール会場で演奏する訳ではない。歓声や悲鳴が飛び交う野球場のスタンドで吹くのだから、多少の失敗は北川も目を瞑る。
重要なのは細部ではなく、この短時間でいかに多くの曲を形にするかだー。
さすが全国金賞の常連校である。
僅か5時間程の練習で、定番の5曲がほぼ仕上がった。すでに、毎年甲子園で吹いている吹奏楽部よりもレベルは数段上のはずだ。
午後9時、北川が言った。
「よーし、今日はここまで。各自、家でも練習してくるように」
学校はすでに夏休みに入っているが、明朝も9時に登校、全体練習である。
真由は学校から3駅の自宅マンションへの帰路につく。かなり疲れているが、いつもの練習よりは心地のよい疲労だった。
何しろ、多少のリード音を出しても怒られない。そして演奏するのに肩が凝るようないつものクラッシックではなく、子どもの頃から馴染みのある曲である事も、真由の気持ちを軽くしていた。
「いつも、こうならいいのにな…」
そんな事を思いながら、真由は電車に揺られたー。
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