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刑事部長の瀧川は、部下である生田に一目も二目も置いている。いや、全幅の信頼を置いているといっても過言ではない。
まず、仕事が出来る。生田が一課長に就任してから、検挙率が格段に上がった。
さらに長年の未決事件を解決に導くなどして、警視庁に対する世間の目は大きく変わってきている。
結果、庁内における刑事部の地位は向上し、部長たる瀧川の評価もうなぎ登り、といったところである。
すべては生田のおかげなのだが、かと言って生田が自らの手柄を誇示するような事は、まったくない。仕事を離れると、どちらかといえば寡黙な男だ。
また、400人に及ぶ現場捜査員からの絶大な信頼を背景に、キャリア上司である瀧川に刃向かうような姿勢を見せる事も、これまで一切なかった。
そんな生田が取った今回の行動は、瀧川を大いに驚かせた。自分の、いや総監の意向に反する、川口の強行逮捕である。
よほどの自信があるという事かー。
「君の事だから大丈夫だとは思うが…、起訴まで持ち込めるのかね?」
部長室に生田を呼び、瀧川は尋ねた。
「部長のご意向に反する事になり、誠に申し訳ございません。しかし逮捕に踏み切った以上、必ず起訴します」
生田は淡々とした表情で言った。
「しかし、川口は否認に転じたというが…」
瀧川の不安をよそに、生田は断言する。
「あの男は間違いなく女子高生を犯し、無理やり性行為に及んでいます」
「だが被害者は、示談交渉に当たり告訴を取り下げてしまったんだぞ」
「関係ありません。今回の川口の罪状は被害者の親告罪であったかつての強姦罪ではなく、強制性交等罪です。被害者の告訴がなくても、立件は出来ます」
「それはそうだが…」
「いかに有名人であっても、政府役人の後ろ楯があっても、罪を犯した者は粛々と逮捕するー。部長、今回はこうした警察の断固たる姿勢を世に示す絶好の機会であると、私は考えます」
瀧川は思う。階級は違えど同い年のこの男はいつも、警察官を志した頃の自分を思い出させてくれる。国家公務員試験l種に合格し、大蔵省や外務省といった花形省庁ではなく、警察庁を選んだ自分をー。
「わかった。総監には俺が話す。そちらは任せろ。君は現場の方を頼む。必ず起訴してくれ」
「はっ」
敬礼し、生田は部長室を後にしたー。
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