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被疑者の勾留期限は、最大20日間である。警察がそれまでに確たる証拠を揃えて起訴・送検出来なければ、被疑者は自動的に不起訴・釈放となる。 被害者の証言が虚偽であった可能性が強まり、しかもタイムリミットが迫るー。 しかし生田は、川口の起訴に揺るぎない自信をみせる。 そして勾留期限があと3日となった、その日。 生田の携帯が鳴る。発信相手は、部下の矢田ー。 『課長、映像の解析が終わりました!映っているのは川口に間違いありません!』 興奮を隠せない矢田の声とは対照的に、生田は冷静に答えた。 「わかった。今から家宅捜索(ガサ入れ)の令状を取るー」 「申し訳ございませんでした…」 自宅マンションから押収された動かぬ証拠を突き付けられ、川口はついに落ちた。 署轄の取り調べ室ー。 うなだれる川口の前に、モニターが置かれている。 そこに流れる映像。 ベッドの上で、尻を丸出しにした男がうつ伏せの状態で、体を上下に動かしている。 その下で、仰向けに組み敷かれる若い女。表情は苦しげだ。 まさに、強制性交の場面の映像である。 この前段では、泣き叫ぶ女を男がベッドに押し倒すシーンが映し出されていた。 男は、紛れもなく川口琢哉。場所は川口宅の寝室だ。 そして女は、被害を訴えた眞鍋由佳ではない。 その友人の、美香という少女だったー。 生田は最初から、由佳の証言内容に疑問を持っていた。 細部で供述が二転三転する。 おそらくこれは、伝聞と想像によるものー。 示談交渉が進む中、川口が突如、否認に転じる。 こうした交渉は、被害者と加害者が面と向かってする訳ではない。互いの代理人により進められる。 川口は訴えを起こしたのが由佳であった事を、途中で知ったのだ。だから否認に転じた。 最初は交渉に応じたのだから、その日、性的暴行を働いたのは間違いない。 生田は結論に達した。 川口に犯されたのは由佳ではなく、同行した友人の方ー。 そこで生田は、川口逮捕に踏み切る。逮捕状に、被害者の名を記さずにー。 これは被害者の人権と名誉を守るために、性犯罪に対しての逮捕状ではよくある事だ。 今回の場合はそれに加えて、本当の被害者は別にいる事を念頭に置いての逮捕だったのである。
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