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川口の身柄が、取り調べが行われてきた渋谷警察署から葛飾区小菅(こすげ)の東京拘置所に移される。 逮捕後、川口が初めて人々の前に姿を現すとあって、渋谷署の前には多数の報道陣、やじ馬が押し寄せている。その数、およそ300人ー。 警察において、被疑者の留置およびその移送は警務部の管轄である。したがって捜査にかかわる刑事部は、一切タッチしない。 移送を警固する制服警官が僅か20名ほどだという事を生田が知ったのは、1時間前の事であった。 何でも、その日都内で行われる政府主催のイベントに大半の警察官が駆り出されるため、このような少人数になったのだという。 生田は胸騒ぎを覚える。 20人対300人ー。 川口が移送車両に乗り込む際や降りる際、その姿を撮ろうとするマスコミや一目見ようとするやじ馬が押し寄せたら、防げるものではない。 警備の人員増強を掛け合うが、警務部の担当者は、刑事部が余計な口を挟むなといった態度で、取り付く島もない。 まさにセクショナリズムの弊害である。 仕方なく生田は、手の空いている部下数名を伴い、渋谷署に向かった。 署の正門前は、多くのカメラマンやリポーターで溢れている。 しかし、川口が移送車両に乗り込むのは、おそらく地下駐車場である。 生田らが向かうと、3人の警官に伴われた川口がちょうど出てきたところであった。手錠をかけられ、腰ひもをつけられている。 地下駐車場は薄暗いが、そこに報道陣ややじ馬はいないように見えた。しかしー。 「川口━━━━━━ッ!!」 突如、ダミ声が鳴り響く。 声の方向に一人の小柄な男がー。 「天誅━━━━━━!」 男は川口に突進してくる。腰の辺りに光るものを携えて。刃物だー。 手錠に腰ひも姿であるが、川口は何とか男の突進をかわす。男は転倒しそうになりながらも踏みとどまり、向き直って再度、川口を襲う。 その瞬間、男の背後から捜査一課の刑事が飛びかかった。生田の部下である。 倒れたところに、さらに3名の刑事が殺到。男を取り押さえ、刃物を奪い取った。 確保ー。 50絡みの男は訳のわからない事をわめき散らしている。自称「右翼構成員」であった。 生田は、腰を抜かしその場に座り込む川口に近づく。 と、男が突進してきたのとは反対の方向から、帽子を目深に被った大柄な人物が無言で走り寄って来るのを、生田は認めたー。
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